平成28年度研究発表大会の記録
日時・会場
日 時 平成28年9月3日(土)9:00~17:00
会 場 帝京科学大学千住キャンパス7号館
第1部 一般研究発表
~保育室における絵本の環境構成の意義に注目して~
本研究は、幼稚園における絵本の環境構成及び子どもの人的環境である保育者の重要性と教育的可能性を探ることを目的とし、A幼稚園年長児B組の担任教諭の保育記録と担任教諭の面接調査を基に①子どもが幼稚園生活の中で選んだ絵本やその事実を教師がどう理解し、②教育活動にどう関連付けているのか考察を行った。
今回、絵本に関連して保育記録に留めていたのはY男児が発端の事例であった。個としての幼児理解を基に教育活動へと関連付け、次第にクラスを巻き込んだ活動へと展開される過程が明らかになった。またその過程で教師との信頼関係の深まりやクラス集団の成長を感じ、幼児の心情や意欲を尊重した柔軟な保育を展開していたことも明らかになった。
研究結果から、絵本が幼児の生活に密着しながら教育的に意味をもつには、教師の意図ある教育的関わりが欠かせないことが改めて確認できた。また、図書室に通う幼児の姿や担任教諭の面接調査から、図書室は単なる調べたり借りたりする場所ではなく、生活の中で密着した利用が幼児期においても重要であることも分かった。
-ゼロ年代以降の動向をふまえて–
子どもに対する読書教育や読書に関する諸活動は,従来から学校教育の国語科や学校図書館を中心として行われてきた。しかしゼロ年代初期を境に転機を迎え,多角的な視野から国内における読書活動推進に関する取り組みが推し進められている。本研究はゼロ年代以降の国内における読書をめぐる政策,法令,施策,教育的な動向等に焦点を当て,読書教育に関する現状と今後の学校図書館に求められる役割を明らかにし,その課題を考察した。
国の基本計画や,各地方自治体における読書推進計画を詳細に検討していくと,特に以下のような問題を内包していることがわかる。①読書の範囲や読書のとらえ方に対する問題,②高度情報社会における読書の位置づけに関する問題,の2点である。近年は,我々の読書を取り巻く環境が大きく変化し,多様な種類の情報源からの読書も浸透しつつある。上記のような問題を踏まえ,読書活動に対するさまざまなニーズや,活用の場面を想定しながら,読書活動に関する支援を総合的に展開していくことが,これからの学校図書館において重要な視点となってくる。
共同研究者 大貫麻美 瀧上豊
学校図書館の計画的な活用は喫緊の課題である。そこには当然、主体的な読書習慣の構築も含まれる。しかし、こどもが新たな本と出会い、自発的に「読む」という行為がなされるためには、周囲の大人による適切な支援が必要となりうる。本研究では事例分析から、こどもの「読む」を実現するための要素に、1物理的近さ、2心理的近さ、3タイミング、4コミュニケーションの四つがあることを明らかにした。事例は、小学校第4学年児童対象の「空気」に関する学習で、教師、学校司書、外部講師が協働し、TLCモデルに基づいた支援を行っていた。外部講師による新聞紙ドームづくりの出前授業を通した理科的学びが、「空気」に関する子どもの興味・関心を高めた(心理的近さ)。出前会場内に面陳された本との出合い(物理的近さ)や、外部講師によるブックトークへの参加(コミュニケーション)は適切な本との出合いを創出し、子どもが本を読むための「図書の時間」を教師と学校司書が協働して設定すること(タイミング)により、こどもの「読む」の実現をもたらしていた。
~「音」をテーマとした小学校における教科横断授業の事例~
百合女子大学人間総合学部 大貫麻美
東京学芸大学大学院連合学校教育研究科 原口るみ
関東学園大学経済学部 瀧上 豊
児童が学芸会で使用する楽器をつくる活動に先立ち、音についての豊かな学びを行えるよう、学校図書館を活用するプログラム立案と事例研究を行った。プログラムでは、身近な体験を科学のテーマで整理し、読書によって体験からの知識を確かなものとする「理科読」を核として、国語、音楽、図工、生活等の教科横断型学習をデザインした。本プログラムに基づき、東京都内小学校第1学年の児童25名を対象に、『おとをつくろう』(浜田桂子作 中西智子監修 福音館書店)の読み聞かせと音づくりの演示、本プログラム用に作成した紙芝居に使う音づくりへの児童の参加等を行った。音づくりという主体的活動に、協力して物語に音を合わせていく協同的活動が組み合わされていることや、読書と体験によって豊かなイメージが膨らむなどのプログラムの成果が、実施校、研究授業参加校の教員から高く評価された。現在、「音」は小学校理科の学習内容ではないが、こうした教科横断型学習により「音」に関する豊かな理解が育まれることで、中学校理科での学習がより深いものになることが期待される。
―小中学校9年間を見通してー
共同研究者 小谷田照代 萩田純子・堀内典子・堀田龍也・久保田賢一
本研究の目的は,情報活用スキルの指導を行っている司書教諭へのインタビューと,現行の小中学校学習指導要領と国語教科書に記載されている情報活用スキルを抽出した結果をもとに,小中9年間の発達段階と探究の過程における指導内容を整理した上で,塩谷・堀田が2007年に作成した情報活用スキル育成のための体系表の改訂方針を明らかにすることである。
インタビューにより,小中9年間の発達段階が一覧できること,「整理・分析」の過程における指導内容の記述を充実させることが,体系表の改善点として示された。指導内容の調査では,情報活用スキルの指導内容を扱い方と量を,教科ごとに比較した。その結果,扱い方については、「課題に設定」「整理・分析」の過程で教科間の差が見られた。量については,「情報の収集」「まとめ・表現」の過程で指導内容の記述が多く,この点は教科間で共通していた。
以上のことから,体系表の改訂方針として,記述の多い「情報の収集」「まとめ・表現」は細かく分けて整理することと,指導内容が少なく教科間の差が見えにくい「課題の設定」「整理・分析」は発達段階ごとの指導の特徴を示すことが示された。
静岡県図書館情報学研究会の事例から
本研究は、「読書県しずおか」構築を目指してきた静岡県において、静岡県図書館情報学教育研究会が学校図書館施策の策定に果たした役割について明らかにすることを目的とした。同研究会は、学校図書館学を含む図書館情報学教育研究の推進を目的としており、静岡県内の図書館情報学担当教員等より構成されたが,静岡県教育長等に対し県の図書館行政施策に関する提言を行ってきた。本研究では、2000年代当時の静岡県の学校図書館施策および同研究会に関する文献調査や当時の関係者への聞き取り調査を行い、同研究会の役割等について考察を行った。「読書県しずおか」の構築を目指した図書館施策は、静岡県教育長のリーダーシップや、教育・図書館・読書活動関係者の協力で形作られ,静岡県教育委員会等により実現されていったが、同研究会は、図書館情報学研究や調査などを踏まえた提言を行うことによって,静岡県における学校図書館施策の策定に一定の貢献があったと考えられる。
第2部 課題研究発表
~市川市における若年層教諭に対する学校図書館活用研修から考える~
本研究は、学校図書館を活用した授業を「見たことがない・行ったことがない」という教員の増加を踏まえ、市川市における教職4年目を対象とした、学校図書館活用に関する研修の課題を明らかにすることを目的としている。さらに、今後の学校図書館活用の在り方および、教員の学校図書館を活用した授業スキルの向上やカリキュラム・マネジメントへの参画、子供たちの21世紀型スキル獲得の可能性について考察を深めたいと考える。
本発表は、平成28年7月までに実施した研修内容についての経過報告である。研究内容は、「教職4年目教員に対して、悉皆研修として学校図書館を活用した授業スキルを獲得するための研修を企画し実施する。実際に学校図書館を活用した授業実践を教職4年目教員が実践する。授業実践後に、教員と授業を受けた子供たちの双方に対して質問紙調査を行う」である。研究対象者は、本市教職4年目 教員94名と授業を行った学級の子供たちである。これまでの研究で明らかになったのは、4年目教員が「学校図書館を活用した授業を実際に参観することで、授業のイメージを持つことができる。授業を受けている子供たちの様子を目の当たりにすることで、主体的に学ぶ様子を確認することができる。学校図書館の必要性や有効性を実感することができる」の3点であった。現時点では、授業実践は計画の段階である。本研究の経過から、学校図書館を活用した授業を経験することで、「子供の反応や主体的な活動を目の当たりにし、学校図書館の必要性に気付くのではないか。教員が学校図書館の様々な活用方法を習得することによって、教育課程全般での活用や、アクティブ・ラーニング型の学習に繋がるのではないか」という2点が示唆されると思われる。※本研究は、市川市教育委員会教育センターにおける教職員研修事業によるものであり、データ分析等においては、早稲田大学向後千春ゼミにて、指導助言を得ている。
松江市では、児童生徒が見通しを持って楽しく学ぶための「学び方を学ぶ学習」に取り組んできた。児童生徒の学ぶ活動が「わかった」で終わるのではなく、身につけた知識や技能を使って「できた」という達成感までを保障したいと考えている。ところが、学校現場から「指導のための共通の拠り所がほしい」という声があった。
そこで、指針となる「学び方指導体系表」を作成し、これを普及してきた。
本研究は、指導体系表が学校での指導において、小中一貫した共通する視点として生かされる具体的な方策を探るものである。
具体的な方策は、「年間指導計画作成相談会」「見える化」「ブロック別研修会」「指導講師による助言」「指導主事による示唆」の5つあり、各々で指導体系表をより実践に役立つものとして活用させている。
本研究では、指導体系表の有用性を「指導案からの評価」と「児童生徒の理解度からの評価」の2つの視点から検討した。
指導案からの評価では、学校図書館活用教育にかかる指導案をスキル単発型(A)、スキル従属型(B)、体系表帰納型(C)の3つの型に分類し、それぞれの特徴と実践事例に基づく評価を試みた。
児童生徒の理解度については「情報リテラシー調査」を実施し、結果を支援センターと個別の学校あるいは中学校区とで共有しながら評価することを試みた。
こうした方策の結果として、教科のねらいをより確かに達成させたい、児童生徒の情報リテラシーを育てたいという授業者らの前向きな意識が市全体として高まり、「指導体系表は学び方を指導する上で頼りになる」との声が聞かれるようになった。
今後、指導体系表がより実践に役立つために、指導案の工夫、指導体系表の改訂、情報リテラシー調査の普及拡大等に取り組み続けることが必要である。
—清教学園中学校の卒業研究の主題分析を通じて—
清教学園中学校3年生の卒業研究の実践を通じ、1918名分の作品の主題分析を行った。ここから生徒の研究主題の傾向が明らかになった。抽出した学習件名は900件であり、睡眠・自動車・犬・栄養等、生徒が集中して学ぶ主題も明らかになった。さらに、これらを出現頻度の順に並べ縦軸に人数をとると「ロングテール」のグラフが現れた。また件名上位180件(20%)で学習領域の半分強(54%)が占められた。
以上の結果と実践を踏まえ次の結論を得た。①自由な探究学習への支援は学校図書館で可能である。②テーマ設定の多様性が図書館蔵書の多様性を生かす。③興味・需要に応じた「なんでも学べる学校図書館」の実現は可能である。具体的にはランキング上位から本を買い、2年間・25万円分を購入すれば4割の需要をみたす棚が生まれると予想された。
次に、本発表では資質と能力とを区別し、辞書的な定義「うまれつきの性質や才能」の意味に近い、「能力獲得を方向づけたり学習を意味づけたりするために不可欠な生得的な特性」として資質をとらえる。つまり資質は人の「資(もとでの意)」となる「質(たち・もちまえの意)」である。言い換えれば、資質は成長の過程において当然発現しうる、よく生きようとする性質である。
では、学校図書館の読書教育や探究学習はどのような資質の発現を刺激するのか。端的にいえば、それは「世界は学ぶに値する」という肯定的な世界観である。
「読書は楽しく役に立つ・本は味方」という読書観、「学びたいことを学び、わかちあうのは大変でも楽しい」という学習観と言ってもよい。こうした資質が「主体的に学習に取り組む態度」を生み出し、ひいては知識・技能を習得させ諸力をはぐくむ。このような資質の順調な発現への手助けが学校図書館の本質的な役割である。
統括討論
検討事項
◆基調提案者の佐藤から発表者に次の三点について検討したいと提案された。
- 本学会としてこれからの時代に求められる資質能力をどうとらえるのか。
- そうした資質能力の育成のために学校図書館の果たす役割は何か。
- その為各々の立場で何をすべきか。
【富永】①学校図書館を学習情報センターとして活用し、子どもが自分の考えを持ち、その子なりの方法で他者に伝え、交流し、社会に関わっていく能力をつけていくことが大切だ。②教職員が学校図書館を学習する場所としてどう活用するか考えていかねばならない。また学校図書館は居場所としての役割も重要で、人のいる学校図書館でこそ可能となることがある。③学級担任・司書教諭としては学校図書館を活用した授業をきちんとしていくこと、管理職としては教員が学校図書館をどのように使ったらよいかアドバイスしていくこと、教育行政の担当者としてはこれらを市内全体に広め、高めていく取り組みをすることが必要だ。
【林】①情報リテラシーの面が遅れていると感じていたので、それを中心に考えていた。学校図書館を活用したアクティブ・ラーニングに取り組むことで自尊感情を育めることは重要だ。②学校図書館の三つの機能を相互補完的に働くものと捉え、発揮させることが重要だ。ただ、教師には情報リテラシーを育てる必要性が十分理解されていないので啓発に力を入れる必要がある。③司書教諭は授業をコーディネートすること、学校司書はそのための適切な資料を揃え授業を支えること、各々の専門性を活かし協働していくことが重要だ。また実践を発信し共有することにも取り組んでいる。大学での養成期に学校図書館について全員が学ぶこと機会がないことが問題だ。学校図書館で育てられる力(汎用的能力)はわかりにくく学ぶ機会が必要だ。学会としては養成教育についても提言して欲しい。
【片岡】①「生きる力」が強調されるのは、子どもが真に生きているのかという危機感から来るのだろう。その様な状況下で「学ぶことは面白い」「生きていることはそれなりの価値を生み出せる」ということは、読書や自らテーマを決めて学び、達成感を得る中で獲得される。その様なことを通じ、自分の興味のあることややりたいことが分かる中で資質能力は育てられていく。②面白い本との出会って欲しい。学校図書館はそういう場であってほしい。ここ数年中学校で「お試し読書」の実践に取り組んでいる。互いに本をまわし読み、その本の評価を入力しランキングをだしていく活動だ。多くのよい本に触れることにより自ずと子どもは本の世界に入っていく③教員として子どもに本を通じて文化的な働きかけをする事が重要だ。例えば子ども個々に本棚を作らせる活動なども考えられる。
◆フロアーから以下の感想が寄せられた。
- 元教員で地域の文庫活動をやっている立場で聞いた。学校と地域との連携をどうしていくのかを考えなければならないと思った(渡部氏)。
- 荒川区で学校図書館支援行政に携わっている。様々な学校で管理職をはじめ話す機会があるが,学校図書館の整備と活用について十分理解されてないことを度々感じている。教員養成の中で学校図書館について学ぶ機会を設けるべき事を積極的に発信する必要があると思う。松江市の体系表には学ぶべき点が多いと思った荒川区でもスタンダードを検討したい(髙橋氏)。
- 新宿区で学校図書館支援行政に関わっている。各教科等の学習の中で情報をどう活用するか学校図書館・ICT等全てを視野に入れて行うことが重要だと考えている(小川氏)。
- 学校図書館の整備状況に差が大きいのが問題だ。静岡の調査によれば指導行政に携わる指導主事の専門性・指導力にも課題があるようだ(鈴木氏)。
論点の総括
◆佐藤はこれらを次のように総括した。
①林氏から提起されたスキルの問題は重要だ。また片岡氏の社会を肯定的に見る事ができるという提言は重要だ。肯定的に見られるから肯定的な感性が育てられる。具体的に整理ができると学校図書館の役割がより明確になる。また教師の役割をはっきりさせなくてはならない②学校図書館に生徒の作品を置くということは重要だ。メタ認知能力を高めるために学びの雛形として他生徒の作品が学校図書館で利用できることは重要だ。③人と環境がキーワードとなる。学校図書館を計画的に活用できる教員を育てる事により学校図書館の役割が果たせるようにして、学校図書館を整備することにより活用する環境を整えていく事が重要だ。
◆学校図書館がこれからの教育にどう位置づくか検討し、発信していくことが重要だ。今後も学会として継続的にこの主題に取り組んでいきたい。(鎌田)。