読後交流会の記録 杉並区立井荻中学校 訪問記
平成28年10月8日(土)朝8時50分、杉並区立井荻中学校(赤荻千恵子校長)を訪問した。目的は、「読後交流会」である。読後交流会とは、全校生徒が同じ本を読み、それについて感想を発表したり、あらかじめ生徒が決めていた論点に基づいて、意見の交換を行ったりする活動である。全校の生徒が同じ本を精読することや繰り返し読むことを通して、いろいろな角度から読むことの楽しさに気付くことができる活動である。
この日の課題図書は『星の王子さま』サン・テグジュぺリ作 内藤 濯訳(岩波書店)である。各学年から選ばれた代表者の感想発表の後、いよいよ意見交流会になる。あらかじめ決められた論点は次の5点である。この学校では論点を「柱」と称し、(柱1)「王子さまはどんな人だと思いますか?」(柱2)「言葉や行動から、キツネについてどう思いますか?」(柱3)「『おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから』このように言った時のキツネの気持ちをどう思いますか?」(柱4)「『かんじんなことは、目にみえない』なぜ、この言葉がキツネにとってそんなに大事になったのだと思いますか?」(柱5「『かんじんなことは、目にみえない』経験はありますか?」というものであった。
柱5の意見交流では次のような意見が出された。「目に見えないものは家族と過ごした時間だと思う。また、友情も同じように目には見えない。けれども、いつまでも心に残っている。」生徒の意見交流会のあと指導講評として、国立音楽大学教授新藤久典先生から、翻訳者による翻訳の違いや原文とのニュアンスの違い等の話があった。
その後、私たちは、井荻中学校の学校図書館に案内され、同校の学校図書館の様子を見学した。そこには、同校独自の「課題図書」のコーナーが設置されていた。その後、赤荻校長先生、図書館主任の福田先生、学校司書の清水先生から、同校の図書館教育の概要をうかがった。赤荻校長先生からは、言語能力の向上を目指すための方策として、「書くこと」「語り合うこと」「読書活動」を掲げ、それらの活動を通して「ほんものの私になる」という目標を掲げたというお話をうかがった。
- 読後交流会は、全校での取組に価値があること。
- 1年生が2,3年生の発言を聞いて考えることに意義があり、学び合いのよい機会となっていること。
- 全校を挙げて、読書の「大きな渦」をつくっていることにすばらしさがあること。
- 答えは1つではないことを踏まえている。
- 意見を発表する「晴れの場」を与えることの大切さを感じる。
- 「正解のない問い」は、生徒の考える力を伸ばす契機となっている。
- 学級での小グループでの討論が学年を超えて、全校という大グループの討論につながっていることがよくわかる。
また、図書館、全校の言語環境の整備については、
- 「ほんものの私になる」課題・推薦図書を設定し、HOP、 STEP、 JUMPと各学年の発達段階を考慮し、図書の紹介をする。ライトノベルに流れることなく、読ませたい作品に導き、生徒の読書意欲喚起に大いに役立っていることが想像できること。
- (図書館の掲示)「この人は誰ですか?」は外国の図書館でもみた企画ですばらしい。
- (廊下の掲示)「ことばの小道」が日常の読書環境整備に役立っていること。
平成24年ごろの朝読書の生徒の読む本は、ライトノベルが多かった。もっと中学生らしいものを読ませたいと考え、半年くらいかけて課題推薦図書を決めてもらった。新書、ことわざ、エッセー、ボランティア、物語だけではないものなどを挙げてもらった。そしてブックリストを作成した。朝読書といっても、学習なのであるから、課題図書をきめて読ませることが大事だということになったからである。また、ブックトークも行った。6つの分野でいろいろなテーマの本を400冊余り集めてもらった。選書のポイントとしては、
- ① 各分野の冊数が均等になるようにすること。
- ② 各分野の本を、論説文、エッセー、小説、絵本など多様な内容で用意すること。
- ③ 生徒が選本しやすいように、生徒数の少なくとも倍の數を用意すること。
- ④ 図書館に、6つの分野(各分野、テーブル2つ)を用意すること。
はじめは抵抗もあったが、だんだん受け入れられるようになった。哲学の本が読まれるようになってきた。
本日の読後交流会は、クラスの中でやるのもいいのだが、小さい人数だとお互いに牽制し合ったり、なかなか難しい。全校でやると、これは公の場であり、晴れの場となるので、言葉遣いなども考えて言わなければならないという意味で、大事な活動になっている。
また、給食とのコラボレーションも行っている。作品に因んだメニューを出したりする。お昼の放送を使って、読後交流会の準備にも使う。いろいろ伝える。例えば、学年の目当てを徹底したいときに、次のような目当てを放送する。「1年生は、元気よくそしてより多くの人が発言して下さい。2年生は、1年生よりも深い発言をし、3生の奥深い発言をしっかり聞いてください。3年生は、低学年の発言に関連付けて、まとめる発言を心がけてください。」という具合だ。これは一か月ぐらいかけて行う。
また、交流会の論点を「柱」として、この柱をどうするか考え合い、相話し合う。論点の立て方としては、①いろいろな視点を考えること、②立場を明確にすること、自分と比較して考えることなどがある。感想としては、「10年後に読んだらどんな感想をもつか楽しみ」「人の意見は自分の意見を見直す材料になる」「全校で意見交換してわくわくした」などが挙がっている。
教科での利用としては、意見文を書くためにとか、社会科のレポート作成とか、理科新聞を作成するときなどに学校図書館を使うようになった。ある教員は、最近アクティブ・ラーニングなどが言われているが、我々は前からやっていることだと言っていた。
本の利用としては、貸出数が目覚ましく伸びている。また、どの学年もよく借りるようになったこと、文学だけでなく、様々な分野の本を借りるようになってきている。
読後はワークシートに記入するが、交流会の時には持ち込まないようにしている。手に持っていると、読んでしまって、自分の考えにとらわれてしまうが、持っていなければ人の意見を聞くことができるからである
伝統の重みを感じる。朝読の感想文を全員に書かせるが、書くことや考えることを厭わない。先輩たちが残してくれた作品にふれることによって、もっと素晴らしいものを書きたいという意欲につながる。学校図書館は、教科の中で使わせることが利用の近道だと思われる。担任同士の会話にも、感想文のことが話題になる。必ず目を通し、全員に「花まる」をつけてやってくださいと言っている。
ふつう、管理職から要望されることは、二つである。一つは、貸出数を増やすこと、もう一つは来館者を増やすこと。しかしこの学校の校長先生は、内容が大事だとおっしゃる。そこで、読んだら面白かったという体験をさせたいということで、課題図書を考えた。放っておいたらだめ。実際に本を手に取って読むことが大切。1年生のころ、ライトノベルばかり読んでいた子が3年生になって、あのころ、どうしてこんな本が面白いと思っていたのだろうと言っていた。あの大きな集団の中で発表するということは本当に大きな体験をしていることになる。卒業生は、高校生になって助かっているということを言っている。
全校生徒による読後交流会は、全学年を通して、のべ75名の生徒が発言した。誰もが発表のメモを手にして元気よく挙手し、堂々と自分の考えを発表することができた。これは、一朝一夕にできることではなく、経験の積み重ねと全校教員、学校司書の総力を挙げた熱心な指導の成果であると考える。すばらしい実践を体験することができ、参加者全員が満足し、充実した時を過ごすことができた。これからも、生の授業を体験する機会を設けて、理論と実践の融合を図っていくことが大切であると認識を新たにした。
今回の読後交流会についての詳しい方法が紹介されている本を紹介する。
『白熱!「中学読書プロジェクト」~集団で正解のない問いについて考える1か月~』
編著:赤荻千恵子校長・監修:浜本純逸神戸大学名誉教授
学事出版・2016年8月・定価1500円+税 ISBN978-4-7619-2261-0 C3037